立山 |
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大観峰で見た紅葉(東一ノ越方向) |
大観峰についたら早速展望台に登って全体を眺めた。 東一ノ越方向や後立山等が紅葉に染まって綺麗だった。木々に関する知識がなくナナカマドしか知らない私はどんな木々がどんな色で染まっているのか述べる事ができない。 残念である。 |
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一通り眺めてからバス乗場まで下りた。そこで屋外に出れるところがあったので移動すると、白馬岳が見えた。 売店の売り子さんは団体さんが居るとお茶を進めるが一般客の我々にはまったくお勧めがなかった。 持っていたペットボトルのお茶を飲んだ。 |
大観峰で見た紅葉(サル又のカール方向) |
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大観峰から室堂へのバスは時間帯が悪かったのか随分待つ事になった。
写真も撮り終って他にやる事がなく、ぶらぶらと店内を眺めた。店内で販売していたイカ団子の匂いが食欲をそそったがビールを飲みたくなるので我慢した。(13時20分) |
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立山トンネルを抜けて星に一番近い駅の室堂までバスで10分程度だった。 この旅は暗い所と売店の並んでいるところばかり歩くのでデパートの地下街と駐車場を行き来しているような感じがした。 それで標高2500mまで上ってきた気がしなかった。 |
大観峰駅からの後立山 |
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そのデパートらしき階段を上がり息が切れてきた。そうとう高い所に居る事が想像できた。逆に普段運動をしない奥さんは酸素不足の影響は無いという。
外に出ると下の写真のように雄山と浄土山、その間に一ノ越山荘が見えた。 素晴らしい天気で暑いぐらいだった。後で分かったが、このとき太平洋側は雨でしかも寒く、娘はストーブを出そうとしたらしい。 |
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しかし、明日もこの天気が続くとは考えられなかったので本日中に見たいところを全て周ろうと決めた。 まずは本日の宿泊先の『ホテル立山』を探した。 するとそれは室堂駅の上だった。写真で見た印象では近代的で綺麗なホテルだったが、立山玉殿方向から見た建物は塗装が剥げて色も少しあせて年季の入った状況だった。 少し遠くに見える立山室堂山荘の方が綺麗に見えた。 |
雄山 |
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みくりが池と雄山 |
みくりが池に向かって歩き始めた。立山が綺麗だった。(14時)
みくりが池は法師が池を泳いで三周したところで底に引き込まれてしまったという伝説から来ている。 ここから地獄谷まで100m近く下がることになるが膝の弱い奥さんの歩みは鈍い。10歩下っては待ち5歩下っては待つのが続いた。これではもう涸沢等は無理であろう。 |
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硫黄の臭いが段々と強くなった。温泉卵の臭いだと食べ物に結びつける妻だった。 温泉の蒸気で風の方向では一気に山が見えなくなった。左側に湧き水が豊富なところがあったが、工事をしている最中だった。この水がソ−メン滝に続き,更に称名滝に続く最初のところかもしれない。 温泉も豊富で至る所から涌き出ている。歩道を横切って流れている筋もあり、手をつけると温かかった。 |
地獄谷から別山 |
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山崎カール |
地獄谷を抜けて雷鳥平に向かった。(15時) 下山者が苦しそうにリンドウ池に向かっていた。彼らにとって最後のこの登りは確かに苦しいかもしれない。 我々は雷鳥沢ヒュッテ下のベンチで休憩することにした。山崎カール下の紅葉が良かった。 |
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キャンプ場はキャンパーも少なくテントが二張りしかなく、また各山小屋もお客の数は少ないようで中を覗いても人が見えなかった。 お菓子は殆ど食べないで水だけを飲んだ。ここからリンドウ池への登りが我々を待ち構えていた。 急坂と酸欠で少し苦しい、今度は自分の苦しんで登る姿をどこかで誰かが見ているかもしれない。 池は水量も少なかった。 |
みくりが池と浄土山 |
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血の池のチングルマ |
そこから血の池へ進むとチングルマの白と赤い葉(種類分からず)が似合っていた。
又、雪渓も未だに残っていた。 鉄分が多くて赤くなる為にこの名前が付いたらしいが小さな池が点在し小さな湿原を思わせるのに見た目とそぐわない名前である。 そこから少し上るとエンマ台である。(15時半) |
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地獄谷を一望できるこの場所は今まで歩いて来た場所が手に取るように分かる。 雲が取れて山崎カールも一望できた。団体の方たちがガイドさんの説明を受けながらも盛んに写真を撮られていた。『今日は本当にキャンセルしなくて良かった』と聞いたような会話が弾んでいた。 そこからみどりが池に向かった。 |
剣岳 |
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慰霊塔 |
みどりが池は水深がなく、殆ど底まで見えてしまう。残念ながら立山が湖面に映ることはなかった。 16時になるとガスが出てきた。 当初は立山室堂(日本最古の山小屋)まで行こうと思ったが、道が見えなくなる恐れもあったのと登りの疲れも出てきたので宿に向かった。 大河ドラマの『利家とまつ』を見つづけている奥さんから佐々成政の雪の立山越えの話を聞かされた。大寒に近い1月25日頃にここを越えたその根性と体力に感心をした。 |